大阪・造幣局で行なわれた桜の通り抜け会場で集められた募金は約1200万円だったそうです。
私もわずかながら協力しましたが、それほどの金額になっているとは思いませんでした。


今年の桜の通り抜けは、大震災を考慮して入場時間を短縮。
入場者数は前年の60万人から33万人に減った中での募金額です。

でも私がちょっと気のなったのは追記の記事のほう。

『阪神大震災が起きた1995年の募金活動では、72万人から計約49万円が集まっていた。』

この年震災が起きたのは1月17日。
それからまだ3ヶ月しかたっていない、それも被災地の隣県での行事なのに
募金額が少なかったことに驚きました。

この年の3月20日には東京で「地下鉄サリン」事件が起こっており
それまでとりあげられていた震災報道がすべてそちらに替わりました。

考えたくないけど、被災地以外ではどんどん時間は移っていっていたということなのです。

東日本大震災はもちろん被害の大きさが違いますが
「今しかできないこと」と「ずっとしなくちゃいけないこと」があるのだと思いました。


阪神大震災のとき、被災されながらも大阪の会社に通っていた女性の方は
三ヶ月たっても交通機関が安定せず、リュックに運動靴という姿でした。
ある日同僚の方に「いつまで震災ごっこやっているん?」と言われたそうです。
(その後すぐにその会社を退職された)

被災者の方々の時計とそうでない人の時計は大きくずれているのだと思います。
一時的に止まってしまった時計が動き出してもそこには大きな時間差があるから。
少しずつ誤差は縮まっていくのでしょうがすぐにとはいきません。

でも心の時計は見えなくて・・・・


言葉はとてもむずかしい

ほんとうのところ、同じ被害を受けてないものにはその痛みはわからない
悲しいけど・・・・

遠く離れた関西に住む私が落ち込んでいてもはじまらないだろう
でもはしゃぐのもためらわれる・・

でもなにも考えずに笑いたい・・そうも思う(ごめんなさい)







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