感想を簡単に・・・
(興味のある方のみお読みください)
なんか自分の感性が鈍っているのかなと考えさせられました。
今回の公演は東京を経て、大阪にやってきた。
私が過去なんども「大千秋楽」が見てみたい!と叫んでいたことが
実現したわけです。

なのにどうもわくわくしなかった・・・

「こんなんアクサルちゃうわ」という怒りもなければ
「めっちゃすごいねん」とふれまわりたくなるほどの興奮もなかった。

まあ題材自体がけっこう重くて、スカッとしたラストでもなかったので
あとでじわじわいい舞台だったのかなと思い始めました。

多くの客演を迎えた今回、過去のアクサル公演の難点
「ひとりが何役もこなすためにひとりに集中できない、じっくりした間が少ない、衣装が簡単に着替えられるものになる」
などが解消された舞台だったと思う。

それにしてはアクサルメンバーの出演場面が少ない気が・・・

大きな幹として、無二(田中照人)とタケゾウ武蔵(柄谷吾史)との愛憎があったことは確かです。
その枝葉もしくは花としてベンノスケ武蔵の成長がある。

でもやっぱり表の武蔵にスポットが当たっているし若手のみが舞台にいる場面が多かった。

けっして彼らが下手だったわけでもなく、嫌いではないのだけれど
これは「アクサル公演」なのだからもう少し見せ場があっても・・・

1回目に見たときは「六道衆っているの?」とか思いました(苦笑)

OPとEDにみんなが順に出てくるところ格好よかったです
OPでは全員で決めポーズがあるかと思ったのに肩透かしでしたし
EDでは本当のEDじゃなかったけど・・・

芝居が終わったあと全員で並ぶ立ち位置が好きでした。
アクサルメンバーが前列でうしろが若手、中央に郷本さん。
すごく安心できた。

伊織という名前も、吉岡清十郎の憲法色も史実(と伝わるもの)にあって吉谷さんの緻密な脚本に感心しました。

「子が親を殺す・・それが鬼ですから」

小次郎がいうように「剣鬼」となった(なろうとする)者たちは食うか食われるかの世界を生きていた。

道栄と胤舜
清十郎と伝七郎
岩流と小次郎
無二とタケゾウ武蔵とベンノスケ武蔵

誰も救われなかった・・・

タケゾウ武蔵はずっと【導きたい】と言ってた。
経林のことも「こどもでも僧侶だろ」とつぶやく。
タケゾウは自分が寺の子だとわかっていたのでしょうね。
でも無二は助けてくれた恩人&育ててくれた親でも実親を殺した男

ラストで「俺の名は宮本武蔵!」と叫んで息絶えてゆく。
ここは少し余韻が欲しかった。暗転早すぎ。

又七郎はお父さんに会えたのかな?
タケゾウ武蔵のことを語り残してくれるのかな・・・
ここだけが少し救いかも。

道栄って最遊記の朱泱(六道)のようでした(山本さんだからか)

東京に拠点を移したぶん稽古はしっかりできたみたいですが、大阪の田渕くんは都合付けられなくなってしまった
(スタッフとして普通に立っていましたけど)
なんか花が足りなかった気がしたのはそのせいなのか(もともと男ばっかりで花はない!)



若手助演メンバーは本当に危なげないお芝居でした。
特にベンノスケ武蔵、熱演でした。
斬られた経林を負ぶって走るところ、すごい力持ち!
経林が亡くなって慟哭するところまわりはみんな泣いてました。

他のメンバーもすごい筋肉でした。
黒一色の衣装ででると肩が盛り上がっているし、足がひきしまってる
芝居は体力だ。

郷本さんは出てくるだけでその場を締める人ですね。
小次郎とのからみ、なんだかおかしかった。




大千秋楽で田中照人さんが「若手を支え、支えられた公演」とおしゃっていました。
これを聞いたらもうなにも言えないかなと思いました。
アクサルってそういうスタンスになっちゃったんだなあと。
吉谷さんも「若手を生かす」と言ってたようだし。

でもそれじゃあやっぱり「アクサル公演」でなくて「ブルーシャトルプロデュース公演」だと思う。
助演メンバーの誰かが加入して「アクサル公演」の幅を広げて欲しい


※木枠をつかった演出・・あれってなんの意味が?
 一番始めのところはオモテとウラの武蔵と言う感じなのだろうか
 その時点では武蔵が二人とは観客は知らないけど。
 経林が死に際に書いていた?絵もよくわからない・・結局夢がついえたということなのか?
※大阪ABCホールの玄関にあった加藤さんへの花
 とても大きなスタンド花(薔薇)でびっくりしました
関連記事

コメント 0