長州の第三の男
2010/10/26(Tue)
さて、先日関西ローカルの番組で「廃藩置県」のことをとりあげてました。

当初、一部をのぞき藩がそのまま県になりました。
それを今の県境に近いものにしていく作業はけっこう適当だったかも(爆)

それをやったのは次の7人

西郷隆盛・大久保利通・大山巌・西郷従道・木戸孝允・井上馨・山縣有朋

長州の3人目がなぜ伊藤博文じゃないの?と思いました(苦笑)
(どれだけアーリーを信用してないんだ)


「廃藩置県物語」高野澄 新人物往来社 によると~


明治四年(1871)7月初旬長州出身兵部省の鳥尾小弥太と野村靖が兵部省の山縣有朋と酒を酌み交わしながら「郡県制度を実施しなければ政府の前途は暗い」と意見をぶつけた

山縣は賛成し、鳥尾と野村はまず大蔵省の井上馨を訪ねて同意をえて、
井上から木戸へ話をつけてもらった。

同じ日に山縣が西郷をの同意を得る

廃藩置県断行は14日、同意は6日だったらしい
(木戸邸に西郷・大久保・山縣が集まったという説もある)


山縣は当時従五位・兵部小輔の地位にあり、そのうしろだてがなければ鳥尾と野村の考えだけでは無理だったであろうと書かれています。
鳥尾と野村が直接木戸に行かずに井上馨に話を持っていったところがツボでした(^^;)
モンタのことだからふたりの案に納得したあとは、熱く木戸さんを口説いたと思います(笑)

もっとも鳥尾と野村も井上に用件より先に「同意してくれなければ刺し違える」と言ったらしい!
どれだけ長州人は熱いののか・・・


 ※野村靖の養子に入る前の名前は入江和作。松門四天王の入江九一の弟。
  墓所は吉田松陰と同じところにあるそう。
関連記事
この記事のURL | 幕末関連 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
<<幕末志士を読む⑦~番外編 | メイン | 大河ドラマ「龍馬伝」 第43回>>
コメント
- Akiさん -
俊輔が入らなかった理由は私もわかりません。
ただ俊輔はこの年の5月に法制研究のための渡米から帰ったばかりだったのと、廃藩置県が徴兵制に深く関連していたからだと思われます(だから兵部省から意見がでた)

モンタは木戸っちの細かい性格に慣れている(てか、 モンタが気にしないくらい大雑把?笑)>

いやあ激しく同意です!
木戸さんを口説くには外堀中堀をしっかりうめてからでないと(笑)
薩長同盟の龍馬しかり、大阪会談のシュンスケしかり・・・
2010/10/29 12:38  | URL | なつ #-[ 編集]
-  -
わははは!面白すぎですっ。
なぜガタなんだ?ガタのくせに生意気ー!(爆)
それにしても、どうして俊輔が入らなかったんでしょうかね。
単に製作者サイドのシュミでのチョイスとか?

ダイレクトに木戸っちに行かなかったのは、
単にぐだぐだ神経質なことを並べ立てられるのを避けての
ことだったのかもしれませんね(苦笑)。
モンタは木戸っちの細かい性格に慣れている(てか、
モンタが気にしないくらい大雑把?笑)からなのかもしれませんが。
2010/10/26 22:33  | URL | Aki #A2reruPM[ 編集]
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://naturalreload.blog77.fc2.com/tb.php/457-8aeca782

| メイン |