黙祷
2010/01/17(Sun)
1995年1月17日、午前5時46分
阪神・淡路地方で大きな地震がありました。

多くの命が失われました。

ブログ上での言葉となりますが

亡くなられた方々の冥福をお祈り申し上げます
あの朝、お弁当をつくるためにそろそろ起きなきゃなあと思っていたところにゆれがありました。
二人の子どもはよく寝ていました。

テレビ、ラジオでじょじょに状況を知りましたが、あれほど大きな災害になっていくとは思っていませんでした。

関西に住みながら、私のいたところでは被害も少なく、あの日もまわりには「日常」がありました。

結局、私が被災地にできたことは「幼稚園で集めた寄付」をおくったこと
家にあったベビー服を新聞で知った被災者のママにおくったことくらいです。

被害に遭われた方とそれ以外の人とはあきらかに「温度差」があります。
また、被害の大小でも「温度差」があったと聞きます。

どんな言葉をかけたらいいのか
なにをしたらいいのか
ほんとうのところはわかりあえない・・・そんなはがゆさと申し訳なさ

この時期になると多数放送される特別番組を見ながら、あのときからいままで思いは変わりません。


「地震が起こったときは天災だった。しかし起こったあとは人災になった」

あるラジオパーソナリティーの言葉です。

道路で、駅で、避難所で、火災現場で・・・・人が盾となり刃にもなった

関西電力のCMは「十五の君へ」の曲とともにあの年生まれた赤ちゃんの写真がうつり
十五才の少年少女たちの姿が流れます。
真っ暗な街に希望を与えたのは「新しい命」と「電灯の光」

胸に響くCMです。


当時SMAPの「がんばりましょう」(1994.9.9発売)が応援ソングとして話題となりました。
でも被災地では本当は誰もがんばっちゃいけなかったでしょう。

「夜空のムコウ」(1998.1.14発売)を聴くと

これは『がんばりましょう』の返歌だなあ

と思います。

これは被災地に向けた歌?と感じてしまうのです。

私だけの思い込みですが・・・


 あれから僕たちはなにかを信じてこれたかなぁ
 夜空のムコウにはもう明日が待っている



あらためて、被災者の皆様にお見舞い申し上げます
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