新選組に伊東甲子太郎が入った頃から、亡くなるまでを書いた
400ページを越える分厚い本です。

誰かひとりを主役というわけではなく、近藤・土方側と伊東・篠原側の両方から語られてます。

冷静に双方の姿を見つめているのは、監察方の山崎烝と尾形俊太郎であり、斉藤一です。
作者は淡々と新選組の歴史をたどってます。

誰かに思い入れを持って読もうとするならこの本は退屈です。
どちらが悪いとも良いとも言わずに、誰もが国の変換期に流されていくしかなかったのだなと思わせます。

以前読んだ「新撰組の謎/加来耕三」で作者は多くの人が新選組にひかれ、そして熱が冷めるのは「彼らが歴史に何も残さなかったことを知るから」とあります。

そこまで言わなくても・・・と始めからめげてしまったものです。

確かに結果的には彼らは「教科書には載っていない」し、「歴史を動かしていない」かもしれないけれど、存在していなかったわけではありません。

まぎれもなくそのときに生きていて、未来を見て考えて悩んで動いていたのでした。
あとからなら誰でも「勝ち組」のほうに賭けることができますよね。

でもそのときはそれしか道はなかったのです。

近藤勇・土方歳三・沖田総司は生まれながらの武士ではなかった
それが彼らを動かし、彼らを破滅させました。

漫画「PEACEMAKER鐵クロガネ」で山南敬助切腹のあと
土方がつぶやきます

 重かったのか・・・?
 あんたのコレ(刀)はそんなに重かったのか?
 俺たち百姓が欲しくて欲しくてたまらなかったコレは
 あんたにとってそんなに・・・


武家社会になんのコネも下地もなかった彼らが一から作り上げた「新選組」は、結局徳川幕府(武士)に使い捨てられて、新政府(武士)に追われることになります。


そのあたりのどうしようもないむなしさ、悲しさが
彼らを慕う人々にとっては魅力なのでしょう。
そしてそのことがつらいなと思う人はやがて離れていくのかもしれません。


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コメント 2

なつ  2007, 07. 16 (Mon) 16:23

「どう生きたか?」そこに魅力があるからこそ、これほど慕われているのかなと思います。
確かにそこには虚像と呼べる姿もあるでしょうが、それも彼らへの思いが作り出したもの。
私は史実の中の「残酷さ」は、新選組も幕府も新政府も同じかと思います。

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ダリア  2007, 07. 15 (Sun) 00:26

男達の暗く、くぐもった、それでいてひたむきな情念が何も生み出す事も残す事も無く
時代のうねりにかき消されて行く様な、なんとも悲しい空しさの残る作品ですよね。

私はこの作中のひたむきで聡明な土方に持って行かれました、、、、

>「彼らが歴史に何も残さなかったことを知るから」

何も残さなかった者には魅力が無いのかしら?
歴史上の結果ではなく、どう生きたか、、という言わば「生き様」に魅力は無いのか!?
と言いたいです〜

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