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北村一輝さんのスタジオパーク。
はにかんだ笑顔が殿でしたv
どちらかいえばアクの強い役が多かった北村さんですが、これでまたファン層が広がりましたね。
(おたよりも7歳から90歳まで!もちろん女性)
これからやってみたいのはベタな恋愛ドラマとか。(なぜか依頼がないらしい・笑)


「天地人」でも景勝公のシーンだけはとばすことができません。


さてNHK水曜時代劇 「真田太平記」(原作池波正太郎・1985~86年・渡瀬恒彦・草刈正雄)にも
上杉景勝公は出ておられました。
(こどもとT○TAYAに行ったので、思い切って借りてみました。現在8話まで)

「天地人」でもあった幸村を上杉に人質に出すという場面。

家康より沼田城を北条に引き渡せと言われ、これを拒んだ真田昌幸(丹波哲郎)。
徳川・北条と戦うことを決意します。
しかしここで信州側から上杉に攻められたらそれこそ滅亡です。
そこで昌幸は、幸村を同道し春日山へ出向くのです。(第七回危急存亡の時)
景勝役は伊藤孝雄


昌幸「いっとき信州のことを忘れていただきたい」

景勝「真田には何度煮え湯をのまされたか・・・そのような申し出虫が良すぎる!・・・
    なれどそれもこれも戦国の世の常じゃ。こらえてつかわそう」


昌幸「ではこの源次郎を春日山に残してゆきます」

景勝「それはのちのこと。上田の城に立てこもり徳川・北条の軍と戦うのであらば勝ち目はあるまい。」

昌幸「いかにも」

景勝「なれば、親子がともに戦い、共に討ち死になされい」


景勝は、源次郎の初陣が対上杉戦であったことを聞き、脇差を与えます。
そして「上杉の家中にはそなたらを襲うものはいない」から今宵はゆっくり休むようにと告げます。

景勝が立ち去ってもひたすらひれ伏す真田親子。

その夜、昌幸は幸村にこのこと(上杉の恩)は忘れまいぞと言います。
わしなら真田親子を生きて返しはしなかっただろうと。


わずかなやりとりだけで、上杉の「」がしみわたるいい場面でした。
殿は直江兼続にまかせずに自分でしゃべってました(笑)


「真田太平記」は大河ドラマが3年続けて近代となったので、水曜時代劇として時代劇ファン向けに作られたらしい。
前年は「宮本武蔵・役所広司」翌年が「武蔵坊弁慶・中村吉右衛門」

大河ではないので予算がなく画面合成が多く、お城はミニチュアで済ませていたそうです。
(沼田城も、岩櫃城も同じにみえる・笑)

当時41歳と33歳だった渡瀬・草刈のお二人が信幸・幸村の10代から演じてます(苦笑)
でもおなごに興味を持って照れつつ話をする二人は初々しく、男兄弟っていいなあと思いました。

第8回で初めて、徳川家康(中村梅之助)豊臣秀吉(長門裕之)が登場しました。
徳川軍を破ったのに、秀吉が和解したため家康に挨拶に出向くことになり嫁を押し付けられ(小松殿)
秀吉からは上杉に預けた幸村をこちらに差し出せと言われる・・・
小国の悲哀が身に染む真田昌幸。

「天地人」の兼続にはこのつらさわかるまい!

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コメント - 2

なつ  2009, 07. 26 (Sun) 20:34

リューザキ弾正

旧武田家臣・北条家臣共に上杉家を頼っていくものが多かったようで。
やはり殿の『人徳』ですか。

今、関ヶ原前夜のところを観ていますが、真田昌幸は石田に味方するのではなく、このときの恩義により上杉につくことにすると言ってます。

景勝は春日山にきた幸村を「人質ではなく、真田より出仕してきただけ」とおそばに仕えさせてました。
幸村を大坂に行かすときも承諾しつつ不機嫌に。
景勝が去ったあと直江兼続が
「殿は真田の不義理を怒っているのではありません。源次郎殿と離れるのが寂しいのです」
と告げたほど。(こういう役割こそ側近です)

出番は少ないながらここの殿は素敵です。

生き残るための混乱の中で、泥の中に見い出す「義」にこそ、 真の美しさがあると思います。 >

そうですね。ときには泥をかぶってもつらぬく思いに心打たれます。
カネツグも少しは汚れなくては・・・




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リューザキ弾正  2009, 07. 24 (Fri) 14:18

こちらを日曜8時に放送してほしい(^^;)

濃い!実に濃いシーンですね。
でも、なつさんの描写された、このシーンをおかずに、御飯三杯食べれますよ(^^;)
アチラのドラマの主従の従の方を見ると、食欲減退するのですが・・・(^^;;)

上杉&真田は、いろいろありました。
我が先祖、高坂弾正の息子も、武田家滅亡後、上杉に身を寄せていましたが、
真田昌幸に内応している疑いで、処罰されております。
(一説には、景勝が自ら斬ったとも)
高坂家当主の死亡により、一族は散り散りへ・・・
(苦労しました^^;)

それは、置いといて(笑)、これが戦国なのですよね。
特に、秀吉→家康のこの二人の時代になると、他家は、生き残り策を講じるのが
一番の命題となりました。
戦国前期が、領土拡大の時代だったのに対して。
いかに、お家を存続させるか。その苦労の大きさは、上杉然り、真田然り。
生き残るための混乱の中で、泥の中に見い出す「義」にこそ、
真の美しさがあると思います。

ダメツグには、分かるまい!(笑)

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