名将の決断NO.4「真田幸村・近藤勇」
2009/03/19(Thu)
週刊「名将の決断」というのを本屋で見つけまして買ってしまいました。

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表紙を開くと「名将の言霊」という連載コラムがあり、筆者は「天地人」の火坂雅志氏です。
今月の言葉は土方歳三。


 志れば迷ひ、志なければ迷はぬ恋の道

火坂氏が歴史小説家を志すきっかけとなったのは司馬遼太郎の「燃えよ剣」だったそうです。
大学時代に目標を見つけられずくすぶっていた自分と京都に行く前の歳三が重なって見えたらしい。


 恋にはさまざまな形があるが、土方歳三にとって士道と心中したこの恋は、
 まさにまことの恋であったに違いない



火坂氏もなかなか新選組ファンのようです。
土方歳三は「組織の達人」としても取り上げられてます。


この本は毎号「勝者」と「敗者」のありようを起承転結の4つに分けてとりあげています。


私は真田幸村(信繁)はゲームや映像などでなんとなく若武者というイメージでしたが、大坂夏の陣のときは48歳。武士としての盛りは過ぎてました。
(大河では城田優さんが演じられます。上杉に人質に出されたのは19歳)

昌幸・幸村親子は、関が原で西軍に味方したため高野山に15年も配流されていました!
秀吉は幸村の父昌幸を恐れたのか赦免しなかったんですね。
幸村は「保身に走らず己の活躍の場を求め」家康の懐柔策も退けて戦います。

大阪上町台地で春に開かれるウォークラリーは幸村が陣をはった茶臼山あたりから大阪城に向かうものです。途中には「真田のぬけ穴(大阪城内に続くとされる)や細川ガラシャ夫人が亡くなった細川邸井戸跡が見られます。
でも歩くのは結構たいへんです。(坂が多いし)昔の人は本当に健脚です。

幸村の誤算は大坂側の乱れたチームワークでした。
10万人の浪人たちをまとめるには秀頼や側近大野治長が頼りなさ過ぎたし、それならと幸村に任せる器の大きさもなかったのです。


近藤勇の勝者の決断は池田屋事件における「緊急の局面では自己判断で行動すべし」です。
長州を中心とする尊攘派のテロ計画を阻止するべく祇園会所に集まった新選組に会津藩からのゴーサインはなかなか届かなかった。
そこで近藤は単独での浪士探索に踏み切ったのはあまりにも有名ですね。

「京都放火」や「天皇奪取」については自白した古高側の史料がなく「でっちあげ」説もあるらしい。
私の以前読んだ小説では桂小五郎が藩論をまとめたくてあえて池田屋事件をおこしたという説でした(笑)


このビジュアル週刊誌は全50号予定で予告では勝者として「12号勝海舟」「13号高杉晋作」
「14号直江兼続」敗者として「11号松平容保」「14号土方歳三」となっています。
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