春から始まったツアー最終日でした。
20日に61歳になられたばかりの小田さん。

ツアーに来た人、来られなかった人すべてに「ありがとう」と伝えたい・・・とのこと

こちらこそありがとう・・です。
大阪城ホールは満員で立ち見の方もいました。
スタンドを360度すべて使い、アリーナも放射線状に通路をつくり、できるだけ椅子を置いた形。
小田さんはコンサートのときいつも言ってます。

「アリーナの俺のすぐ前の人とスタンドの一番後ろの人とが同じ料金?なんか悪いよね」

お客さんの平均年齢は40代?(笑)
「さよなら」(1979)のオフコースの頃からの人と、「ラブストーリーは突然に」(1991)などソロからのファンがいます。
「さよなら」が今から30年ほど前ですからみんな年をとるはずです・・・

サザンオールスターズがデビュー30周年だそうですが、小田さんはもっと前から歌ってますね。
(オフコースでのアルバムデビューが1973)
ただ、桑田さんがグループを継続されてきたのと違い、小田さんは2人→5人→4人→ソロと変わっています。

今回還暦を越えた小田さんは、そういう過去を見つめようとしていたのかもしれません。
いままであまり歌うことのなかった二人オフコース時代に曲も歌われました。

★曲順不同で感想を

会場のスクリーンにアニメの小田さんが過去へと走る映像が流れました。
そこに小田さんの歴史があり、それに寄り添ったファンの歴史がありました。

実家の「小田薬局」の前で写した家族の写真~野球少年~高校文化祭のバンド~東北大学
~二人そして五人で列車に乗る~武道館~ラブストーリーは突然に~映画監督~
クリスマスの約束コンサート~朝ドラ主題歌~現在

実家の小田薬局(兄が継いでいる)が経営難で閉店したとのニュースも聞く今、両親や兄と並ぶ写真は感慨深いです。実父の面倒もみていないとか薬店に援助してないとか中傷されてもいました。(某女性週刊誌)私にはどうでもいいことですが。

高校の文化祭で組んだバンドから始まった「オフコース」
鈴木康博や大間ジロー・清水仁・松尾一彦と並ぶ姿は二度と見られません。

私は五人でやっていたオフコースを生で見たことがありません。
就職してレコードを集めてこれからというときに活動を停止しました。
私はグループでやってきたオフコースが好きだったので鈴木康博脱退はショックでした。

曲的には小田さんの声が聴けたらいいということかもしれません。
ソロになっても昔の曲を歌うこともあるでしょう。
でも私の耳に残っているのは五人の音楽です。
なにをしていてもBGMとして流していた曲は前奏だけでわかるのです。

たとえばコンサート定番の盛り上げ曲「YES-NO」でも出だしがまず違うし
間奏についヤスさん(鈴木)のギターの音を探してしまいます。
オフコースは舞台でもアルバムと同じアレンジで演奏していたから余計そう思います。

今回「さよなら」の間奏のギターがオフコースの頃のものでした。
バックバンドの方があらかじめ「今日はオフコースアレンジでいきます」と言ってたようです。
(最終日だけだったかはわかりません)

「言葉にできない」を自分でキーボードを弾き歌い終わったあと、すこし沈黙がありました。
「これを作っていた頃のことをよく覚えているんで・・・」
と一言。
この頃もう鈴木さんの脱退は決まっていたようです。

活動休止中もそのあとも、いろいろな人が書いたオフコース本を読んでみましたが
なぜ彼らが別れなくてはならなかったかは理解できません。

当時「ヤスがいなければオフコースはやれない」と思っていた小田さんと「オフコースでは自分の音楽ができない」と思い込んだ鈴木さん

それは「NEXTのテーマ」の詞のように当人たちだけしかわからない葛藤だったのでしょう。

僕ら終わりは、僕らが終わる
誰もそれを語れはしないだろう
せつない夢もあのひとときも
通り過ぎてきたのは僕らだから

ファンだった人がなんらかの事情で去ってしまうとき、私はいつもこの歌を思い出します。

このコンサートで初めて小田さんもつらかったのだなあと思いました。
なにをいまさら・・・ですが。
なんか、オフコース時代のことはもうどこかにしまってしまったのかと思っていました。
もうあの頃の曲とか求めてはいけないのかなとも。

MCで「4人でやるときオフコースという名前じゃなくてもよかったんだけど・・・違う名前にしてたらまた作る歌も変わってたかな」と言ってました。
「「小田さんにとって音楽ってなんですか?」という質問って安易だよね」とか。



「YES-YES-YES」が会場全体で歌われたとき、武道館最終日の「伝説」のようでした。
これで五人では最後という日、メンバーが退場して機材を片付けだしても動かなかった観客。
そしてながれたメロディーでお客さんが合唱したという・・


アンコールは3回
18時半より始まったコンサートの会場をでたのは22時でした。


私は流れた映像のときと「キラキラ」で泣いてしまいました・・・・

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コメント 2

なつ  2008, 09. 29 (Mon) 16:47

こちらをのぞいていただいて光栄です。レポートってあとからああこうこともあったと思い出すことが多いです。
曲順とかちゃんと書かれているブログとかみるとびっくりです。

そう・・染み込んでいますね。
ついこうくるなと思い、違っていてがっくりしたり・・・

今の「小田さんのアレンジ」なのだと言い聞かせても悲しいです。
あの夜の「さよなら」をみんなどんな気持ちで聞かれたのかと思っています。

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akane  2008, 09. 28 (Sun) 23:46

こんばんは。あかねブロのあかねです。

なつさんのレポートの方が詳しいや。
記念になります。ありがとうございます。
私もオフコース時代の演奏を思い出します。
間奏の時など、鈴木さんや松尾さんのギターの音が頭の中にあって、
ついその音を探してしまいます。染み込んでしまっています。
思い出すから悲しくなる時がありますよ。

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