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関西のテレビニュースで「寺田屋が当時の建物ではない」ことがとりあげられてました。
観光で来られた方々のインタビューは「たとえ違っていても、当時の雰囲気を感じられることが貴重」と
好意的でした。

管理をされている方も、歴史を大切に守ってこられたという感じで、いまさら大げさにしなくてもと思いました。
京都市も案内ページからすぐに削除するのではなく、調査中とか「こういう説もある」と加えるだけでよかったのではないでしょうか?

「専門家の意見で・・」と新聞に載っていて誰だろう?と思っていたら霊山歴史館の木村幸比古先生でした!
(霊山歴史館はこの8月例年の1.5倍の入場者だったそうです)


ニュースといえば総裁選の話題ばかりがきかれるこの頃です。
本命の麻生太郎氏が大久保利通の末裔だとは知りませんでした。

大久保利通~次男~長女(吉田茂夫人)~長女~麻生太郎

と繋がるらしい・・・

明治時代から政治に関わる家系というのがあるんですね。




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コメント - 3

おやべ  2008, 10. 12 (Sun) 14:57

14代寺田屋安達伊助語り

ここに、昭和51年に14代安達伊助の語る小冊子資料があります。
「私、昭和36年に14代を継いだ訳で……、先代(清水氏)は、昭和16年頃からの当主で、戦争があって料飲閉鎖であるとかで、不遇な時代の不遇な当主でした。……その前の当主は商売気がなく、大阪でルンペンしてたのを据える訳です。………この建物(寺田屋跡)、もうなぶり様がない、これを維持管理するという事が私の使命になって、……現状保存にはお金がいる訳です。……料理旅館のくれたけ庵があるから、管理出来ておる様なもので、寺田屋だけでは営業な成り立たんでしょうな。……。旅籠の軒燈、(夫婦龍紋の)大提灯(注ー寺田屋は抱き茗荷紋が正しい、よってドラマ・映画に夫婦龍紋ならば間違い)、そう言うのは私のアイデアで昔は何もなかったんです、ただ建物があるだけで、寺田屋とも書いてなかったんですわ……。(当初は寺田家と言う文字の軒灯だった)」(老舗のおやじ-週刊サンケイ編集部・昭和51/1/21刊)

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おやべ  2008, 10. 12 (Sun) 14:46

知ってましたか、14代伊助事、故安達清氏の知り合いで南新地の大工・前田棟梁が、大原辺りの解体された旧家から運んで来て据え設置したのが、お龍注進で有名な今のあの風呂だった事を。暗黙の知る人は知る事実談です。
嘘・虚実ながらの良し悪しは別にして、斯くして今日まで寺田屋を有名成らしめた功績は、言いも悪いも含めて14代伊助事故安達清氏に他なりません。
歴史に無知な立証さえ出来ない今の管理会社津幡親子ではありません。
それはおかしい、と以下の様な龍馬ファンに配信されたメッセージメールがあります。(続く、みたい方はコメントを)

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おやべ  2008, 10. 12 (Sun) 14:30

事実と嘘と虚構

司馬遼太郎氏が竜馬と龍馬の違いを認識した様に、龍馬と云う実在の歴史存在の歴史顕彰には、事実と真実を追う努力しかないだけに、観光偽装疑惑も歴史偽装疑惑もやはり問われてしかるべしだろう。
いやそれよりもです、14代伊助当主が逝って既に早や5年以来、寺田屋館内に物故者の解説テープを垂れ流して、営業権の切れた無許可営業を続けるのは、偽装疑惑以上に悪質な観光偽装です。
そして朝食付き泊なら、衛生保健上も法的に問題ありですよ。
今も泊まれる維新宿とは云うものの、実質は客を選んで勝手に無許可で泊めているのですから。
そしして偽装疑惑に関係し、上手く取り入って泊まれる事を自慢にする偽善的なにせ龍馬ファンもいます。
ちなみに宿泊を申し込んで見ては如何?。
泊まれるなら無許可営業で、泊まれなければガイドブックにある「今も泊まれるは」は嘘です。
いやあともかくも、もうむちゃくちゃゃな話です。観観光客ってかわいそうですね。ましてや龍馬ファンはそれ以上にかわいそうでなりません。

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