昨日薄曇の空を気にしつつ京都へ行ってきました。

コースは・・・

京阪七条~京都国立博物館特別陳列「坂本龍馬」~(昼食)~霊山歴史館「新選組と池田屋事件」~
坂本龍馬・中岡慎太郎墓~木戸孝允墓~京阪四条

バスが苦手でこの行程を歩きました。
おかげで万歩計のカウントが1万3千歩ほどになりました。

京都国立博物館では特集陳列「坂本龍馬」が催されていました。
正門が重要文化財だという壮大な建物でした。
ここは、明治30年(1897)帝国京都博物館という名称で開館されました。
正面の噴水とその奥の特別展示館も美しいものでした。
広い敷地には庭園などもあり、屋外にも展示されているもの(石像など)があるようです。
私は特集陳列しか見ませんでしたが、ゆっくり散策するのもよいかもしれません。

音声ガイドを借りて回りました。展示は二部屋ではじめの部屋は坂本龍馬の直筆手紙が中心です。
龍馬って本当に筆まめだったんですね。
土佐にいるおとめ姉さんと仲がよくて江戸や京都のことを書き送っています。
そしておとめさんが弟の手紙を大切の残していたから、こうして今の人たちが『龍馬』を知ることができたのです。
鹿児島への新婚旅行?の手紙も展示されてました。
お龍さんは龍馬亡き後、新しい生活をするにあたり手紙を桂浜で燃やしたと言われています。
長崎や長州、京都と飛び回っていた龍馬は行く先々でお龍に文を書いていたと思うのですが
ほとんど残ってないようです。


坂本龍馬ということで、お客さんは若い人と年配の人は半々でした。
3歳くらいの子を連れた若いお母さんもいました。
この博物館には何年かに一度は夏休みに『龍馬』をとりあげているみたいです。
学生さん、若い人の旅行はやはり夏休みが多いからでしょうね。

もうひとつの部屋は鳥羽伏見戦争関連の資料でした。
薩摩の軍旗、当時書かれた錦絵、絵巻物など・・・

中でもひかれたのは薩摩藩兵として参加していた阿多孫二郎が実際にかぶっていた「鉢振」(ヘルメットのようなもの)と家族に送った手紙でした。
手紙の日付は慶応4年1月5日。翌日に淀城への攻撃を控えていました。
追記に祖父や父に「三途の川にてお待ち申しております」と書き添えてあることで覚悟が伺えます。
6日に負傷した孫二郎は26日に没します。享年17歳でした・・・・

官軍も幕府軍も多数の死者を出したこの戦い、本当はひとりひとりに人生があって
小説に書かれてもいいくらいなのです。


※ここで「幕末月旦札」(トランプ)を見つけて購入しました。
※今年の11月には「坂本龍馬幕末歴史検定」があるそうです。
※北海道・函館に「坂本龍馬記念館」を作る予定があるとか・・・龍馬は蝦夷地開拓が夢だったんですねえ




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