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日野宿本陣文書検討会というサイトがあります。
(有名だったらごめんなさい)

そこで日野の高幡不動尊に咲く紫陽花が沖田総司を彷彿されるという文を読みました。
本来は「墨田の花火」という品種なのですが『沖田惣次郎藤原春政』と命名したいとのこと。
確かに少年時代の総司を思い起こさせる清楚で凛とした花です。
コチラ参照

さて、予約していた沖田総司関連の本が相次いできましたので感想を書きます。

新選組一番隊 沖田総司

作者は京都で生まれ、「新選組友の会」会員、「碧血碑」同人とのこと。
この本は総司の足跡を丹念に追っています。

多くの資料も読まれてますし、縁のある場所にも足を運ばれています。

そして文章のはしばしに総司への愛情、あこがれが見られます
森満喜子さんのときも思いましたが、結喜さんにも奥ゆかしさというかいじらしさみたいなものを感じます。
10代、20代の新選組ファンは確かに一途で情熱的ですが、ときには暴走?思い込みとも思える発言や行動もみられます。
それが私にはちょっとついていけないなあと思うこともあるのです。

この本では感情的にならないようにと押さえながら、ここは譲れないとか「総司はやっぱりこうでないと」というところは主張されてます。

たとえば沖田総司の女性関係はあくまで「なかった」というのが前提(笑)

司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』に描かれる歳三くらやみ祭りの物語が有名であるが、歳三のことは知らず、惣次郎は祭りに出掛けなかったとしておこう

容姿は眉目秀麗は土方歳三・原田左之助に譲るとしても、不細工ではなかった


総司の顔について、総司から実際に剣術の手ほどきを受けた佐藤源之助が、「ひら顔で目が細く、そうよな、ヒラメみたいな顔をしていたよ」と語りの遺そうと気にしてはいけない。
大体日本人の顔立ちを「のっぺりした」とか「能面のような」とか表現することがあるが後者なら端整な顔立ちにつながることだってあるのだ。


そして、ひたすら病魔と闘う総司の毎日を思いやる

結核は「不治の病」という言葉が憎くてたまらない


沖田総司の墓のある専称寺の塀の外から手を合わせたこともあったといいます。


なぜ「沖田総司」はそこまで多くの人を魅了し続けるのだろう?と思います。
もちろんそれは小説・テレビなどの作られた人物像にひかれてというのもあるでしょう。
それならもっと一過性のものであるはず。
少なくとも昭和40年代から今までとぎれることなく総司や新選組を好きな人はいます。

偉人ではない、本来「テロリスト」とも位置づけられる彼らの生き方・・・
あれこれ関連本・映像を見つつ、答えはみつけられていません。

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