傾いた本棚

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本棚を見るとその人のことがわかるとか・・・

図説新選組クロニクル(別冊歴史読本) 

「銀魂・動乱編」が完結しました。
通常の放送では「これが土方?」とか「あまりにイメージがちがう」とか思うこともありますが、ときおり挟み込まれるかっこいいエピソードには泣かされます。

子どもより真剣に見ていたりして(苦笑)

伊東鴨太郎は最期に「仲間」になったけれど、死んでしまったら仕方ないじゃないか・・と少し
寂しい気もしました。


さてこれ↓は2008年3月発行の新しい本です。

図説新選組クロニクル (別冊歴史読本 98)
新人物往来社は歴史好きには有名な出版社ですね。
2000円の高額ながら、中味は濃いです(私は図書館で借りてますが)
「新選組こだわり紀行」として「池田屋探索ルート」とか「油小路事件襲撃ルート」など地図と共に解説されていたり、多数の写真が載ってます。


細かく読もうとすると貸し出し期間では無理でした・・・

新選組探偵塾で「土方歳三発掘記」と題していままで「土方歳三」について書かれた文献・書籍を網羅してます。
昭和39年に刊行された「燃えよ剣」によって土方歳三の従来のイメージが一新されたものの、
テレビ放映で新選組ブームがおこった当初注目されたのは沖田総司でした。
その後、少しずつ興味を持たれ始めたらしいです。
沖田総司には残る資料が少なく小説などのフィクションがブームとなりましたが、土方については戊辰戦争までその戦史をたどることができたためノンフィクションで語られることが多くなったのでした。


以前読んだ本で、函館で戦死した土方歳三の埋葬地が不明であるのは「暗殺された」からだという説を読みました。
確かに新政府軍(特に長州)に恨まれていた新選組副長なので、誰にでもわかる形で埋葬できなかったのは理解できます。とはいえ誰も知らない・・というのも不思議な気がします。

  ・土方歳三は、一本木関門で敵弾が腰を貫通して戦死した
  ・遺体は丁重に五稜郭に運ばれ埋葬された

ここまでは確かですね。
その埋葬地点について明治32年に催された「伊庭八郎を偲ぶ会」の席で

  
  八郎君の墓は函館五稜郭、土方歳三氏の墓の傍らに在り

と発言した人がいるとのこと(発言者名の記録なし)

伊庭八郎氏の墓は大正年間に特定されていて(兵量庫近くの土饅頭)その他の戦死者と共に土方の遺体も埋葬されたと考えられています。
ただ、実行寺の記録に山背泊に埋葬された旨の記録もあり、首だけが五稜郭に埋葬されたのではないかとする説もあるようです。

どこであれ、北の大地に眠りについていることは確かで・・

多摩から京都へそして江戸から会津・函館まで何が彼を動かしていたのか?
研究され続けることはまちがいないですね。



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カテゴリ: 新選組関連

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