ひさしぶりの新選組です。

沖田総司が「僕」視点で語るというカタチをとっています。
「僕」に抵抗はありませんでしたが、京都に来てからも近藤勇を「師匠」と呼ぶのはおかしいです。
試衛館にいるときに土方を副長と呼ぶのも変です。

おまけに「新選組」と言う名前を新見錦の思いつきとしているにはあんまりでした・・・

沖田総司―六月は真紅の薔薇〈上〉 (学研M文庫)
「六月は真紅のバラ」とは六十年安保の頃若者たちが愛唱した詩の一節らしいです。
この本ではバラが会津候から近藤勇に下された花鉢ということになっています。


それを総司は譲り受け、好きになった娘おあいに贈るのです。
おあいは労咳で、それがわかっても総司は通い続けます。
土方など総司からこの娘を離すため白浜に療養させようとしますが
おあいは断り、総司も自らが病にかかったと気づきながら別れません。

この女性がのちに「沖田氏縁者」として葬られることになるのでした。
(菊一文字の名刀もこの娘の父のものということになっています)

うーん・・・ひとりの娘を愛する総司に抵抗が・・(苦笑)
吉野太夫にも惚れられていますし・・・

ちょっと変わったところでは「桂小五郎」が出てくるところでしょうか。
試衛館時代に練兵館塾頭として教えているところを見た設定で
その後京都でも顔を合わせます。
お互いその強さを知るがゆえに立ち合いを避けますが、
誰かと斬りあうたび相手の強さをがどれほどなのかということを桂を基準にするようになります。

この本の総司は病気については最初からうつってもよいと思っていたわけで
そのあたり「なぜ自分が労咳に?」という葛藤はありません。

そのあたりがしっくりこなかった理由かもしれません。
私の中の沖田総司は剣の上達のみを目指してきた青年でした。
だからその剣を生かすことも、近藤・土方とともに戦うこともできなかったことを
最後まで苦しんだと思うのです。

ポイントポイントでいい場面はあるのですが、評価は中といったところです。


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コメント 2

なつ  2008, 03. 06 (Thu) 20:51

AKIさん>
この本の総司はもちろん強いのですが、どうも恋に生きている姿が強くて(苦笑)
芹澤を闇討ちしたことにも納得していないし、山南さんとのなごむ会話もあります。
土方は病で休みがちの総司を「生きている限り一番隊の組長をつとめてもらう」と言い切ってますし・・・
ただ沖田視点なのに近藤や土方に対する親愛の情というものが感じられない気がしました。
それが物足りなかった理由でしょうか・・

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Aki_1031  2008, 03. 05 (Wed) 14:37

三好版の歳三本は読んだことがあるのですが、
司馬御大を遥かに超える歳三至上主義っぷりに
ドン引きしてしまった覚えがあります(苦笑)。

その総司バージョン…長人もどきの一人称は聞いたことがあったのだけど、
それ以上に“剣豪・沖田総司”が出てこなさそうですねぇ。
一番隊組長という、いわゆる「新選組の要」を握る人物としては
描かれていないということでしょうかね…?(汗)

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